タイパとは? 50代にして思うこと

温故知新

「タイパ」という言葉を、最近よく耳にします。

「タイパがいい」「タイパが悪い」。

タイパとは「タイムパフォーマンス」の略。かけた時間に対して、どれだけの成果や満足を得られたか、という考え方です。

似た言葉に「コスパ」もあります。

こちらは「コストパフォーマンス」。かけたお金に対して、どれだけの価値を得られたか、という考え方です。

どちらも、今の時代にはとても合理的な考え方だと思います。

「タイパがいい」と言われるたびに、少し立ち止まってしまう理由

「タイパがいい」「タイパが悪い」。

そう言われるたびに、私はちょっとだけ引っかかります。

50代になった今、正直に言うと——

「時間をかけないことは、本当にいつも正しいのだろうか?」

そう思ってしまうのです。

「タイパ」を言ったら怒られた世代

私は就職氷河期世代です。

当時、「タイパ」なんて言葉はありませんでしたが、今思えばとんでもなく非効率なことをしていました。

履歴書を手書きし、写真館で証明写真を撮り、会社ごとに応募書類を作り、それを何十社にも繰り返す。

「一太郎」(今はWordやGoogle Document)で履歴書を作れば、「そんなものを使うのは失礼だ」と言われる時代です。

一枚一枚、時間をかけて書類を作り、郵送し、返事を待ち、不採用。

また次を数十枚と書いていく。

就職活動だけではありません。過去の価値観に縛られた人たちの「常識」を押し付けられ、セクハラ・パワハラ当たり前。サービス残業断ると、非常識な人間とレッテルを張られます。飲み会参加は必須。

今なら「それ、タイパ悪すぎません?」の一言で終わる話です。

でも当時は、それが普通でした。

今は「すぐ結果」が当たり前になった

今は違います。

検索すれば答えが出て、AIに聞けば文章ができ、動画は倍速で消費される。

仕事でも「もっと早くできない?」が口癖のように飛び交います。

人生は有限ですから、無駄な時間を減らしたいという気持ち自体は、私もよくわかります。

実際、私自身AIで仕事を効率化していますし、以前なら何時間もかかっていた作業が、今は驚くほど短時間で終わります。

だから誤解しないでほしいのですが——

私はタイパを否定したいわけではありません。むしろ、もっと追求していいとさえ思っています。

でも、「時間をかけない」ことで失われるものがある

問題は、その先です。

すぐに答えが手に入るせいで、自分の頭で悩み、試行錯誤する時間が減っていないでしょうか。

すぐに結論を求めるせいで、相手の話をじっくり聞く余白が消えていないでしょうか。

最短ルートばかり選んでいると、偶然の発見や遠回りから生まれる経験にも、出会えなくなります。

そして何より——

「結果が出るまで時間がかかるもの」に、私たちは我慢できなくなっています。

語学は、その典型です。

日本語を勉強したからといって、翌日ペラペラにはなりません。

漢字を10個覚えたところで、すぐ文章が読めるわけでもない。

間違えて、覚えて、忘れて、また覚える。

その繰り返しの中でしか、身につかないものがあります。

タイパだけで測れば、これほど「悪い」学び方はないでしょう。

でも教育には、その「時間」こそが必要なのです。

遠回りにも、意味がある

50代になった今だから、思うことがあります。

若い頃、「何の役に立つかわからないこと」に、かなりの時間を使いました。

その時は無駄に思えたことが、何年も経ってから、思いがけずつながることがあります。

人は最初から「これは将来役立つ経験です」とわかって経験するわけではありません。

だからこそ、すべてをタイパで判断してしまうと、

「今すぐ役に立つもの」以外をすべて切り捨ててしまう危うさがある——

そう感じています。

タイパを否定するのではなく、使い分ける

誤解のないように言っておくと、「昔はよかった」と言いたいわけではありません。

履歴書を何十枚も手書きし、写真を何度も撮り直し、書類を郵送する。そんな非効率は、今ならどんどんなくしていいと思います。

問題は、「時間をかける=悪」という一色に染まってしまうことです。

AIを使えば、文章は早く作れます。

でも「何を書くか考える時間」まで削ってしまったら、本末転倒です。

仕事を早く終わらせて、その浮いた時間で本を読む。

人と話す。

考える。

新しいことを試して、失敗する。

そういう使い方をしてこそ、タイパは人生を豊かにしてくれるはずです。

50代になって、思うこと

若い頃の私は、もっと効率よく、もっと早く結果を出したいと思っていました。

でも50代になった今、少し考え方が変わりました。

「時間を節約すること」と「時間を大切にすること」は、同じではない。

AIで時間を節約する。仕事を自動化する。それはいい。

でも、そうして浮いた時間を、また別の仕事でぎっしり埋めてしまったら——

何のために効率化したのか、わからなくなってしまいます。

浮いた時間を、何に使うのか。

そこまで考えて、初めて「タイパがいい」と言えるのではないでしょうか。

就職氷河期を生きた私は、「時間のかかること」をさんざん経験してきました。

だからこそ今は、AIを使って無駄を減らしたい。

でも同時に、時間をかけなければ得られないものまで、効率化してしまわないようにしたいと思っています。

タイパは大切。コスパも大切。

でも、人生のすべてを、その二つだけでは測れない。

50代になって、そんなことを思うようになりました。

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